イギリスの高速鉄道HS2は新幹線の夢を見るか

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  • 更新日:2023/10/01
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イギリスではロンドンと中部地方(Midlands: バーミンガムやマンチェスターなど)を高速鉄道で結ぶ"HS2 (Hight Speed 2)というプロジェクトが進行中です。

今回、HS2のチェアマンであるSir David Higginsから興味深いレポート(現在は消えています)が出ました。

「HS2は新幹線と同じ信頼性をイギリスにもたらす!」というのです。

Shinkansen.jpg

イギリスにおける鉄道の信頼性とは?

「新幹線のように速くて正確なら、結構なことだよね」

と行きたいところなのですが、果たしてどうでしょうか。

私は以前ロンドンに住んでいましたが、そこでの話です。

ロンドンには世界で初めて敷設された地下鉄(London Underground)のネットワークがあります。Tubeという愛称で親しまれているものです。

Underground.jpg

このTube、運行状況を示すのに、路線ごとに以下のような表現を使います。

  • Good Service (正常運行)
  • Minor Delays (やや遅れ)
  • Severe Delays (大幅な遅れ)
  • Part Suspended / Suspended (一部運休 / 運休)
  • Planned Closure (計画運行停止)

これらの状況はtfl.gov.ukのサイトで見ることができます。

日本人の私の感覚だと、Good Serviceといえば「時間通りに来る」Minor Delaysといえば「5分程度かな」とか、Severe Delaysだと「1時間くらい止まってるかも...」という感覚だったのですが、実際にはGood Serviceで5分程度の遅れは日常茶飯事です。Minor Delaysのときは30分以上は待つ覚悟が必要です。Severe Delaysと言われた日には「走っていない」と考えた方が無難です。

そして、Planned Closureとは計画的に運行停止することで、週末によくあります。特にCircle Lineに多く、日本でいえば丸ノ内線が毎週末運休しているようなものです。

Minor Delaysくらいの状況は発生することが多く、感覚的には毎日どこかでMinor Delaysです。Tubeの総延長は400kmほどで、東京メトロと都営地下鉄を足しても300kmほどなので、ロンドンの地下鉄の方が長距離であるとはいえ、東京で地下鉄が毎日30分止まっていたら暴動が発生しそうです。

このような状況は別に地下鉄に限った話ではなく、通勤路線や長距離路線でも発生していました。イギリスの鉄道網を管理する会社であるNetwork RailのAnnual returnというレポートによると、2017-2018年度の1年間に発生した電車の遅れを総合すると、14,833,000分だそうです。これは、28年以上に相当します。もうわけがわかりません。

住んでいると「そんなものかな」と慣れてしまいますが、毎週末「この週末はどの線が動いているのか?」を調べて出かけなければいけない状況は東京では考えられませんよね。

ストライキも多い

Tubeに限りませんが、イギリスはストライキが多いです。

Strike.jpgImage from Wikipedia

ストライキ自体は労働者の権利なので仕方ないとはいえ、鉄道路線やバス会社、航空会社など公共性の高いもので頻繁に発生するので、利用者としては迷惑この上ないです。

ちょっと古い資料ですが、労働政策研究・研修機構のレポートによると、

2011年の争議件数は149件で前年から57件増、損失日数は前年の36万5300日から138万9700日とほぼ4倍に達し、1990年以来の水準となった。

だそうです。ストライキによって実に、1年間に3800年分の損失が発生しているのです。

イギリスではストライキの実施が容易であることも遠因になっているようで、同機構の2017年のレポートでは、ストライキの実施をより困難にする労働組合法が成立されたことが報告されています。

高速鉄道というインフラを用意しても、運行する人がいなければ走りません。

技術的にも難易度が高い

そんな中でサービスを改善しようとしているわけですから、喜ばしいことではあるのですが、話はそんなに簡単でもありません。

イギリスを含むヨーロッパでは、高速鉄道は高速の列車と在来線が同じ線路の上を走ります。そのため、遅い地域の普通列車が新幹線のような高速列車の待ち合わせをするのも普通のことです。また、新幹線のように必ずしも高速走行を前提として線路が作られていないため、場所によっては遅い速度での走行を余儀なくされます。特に、都市の近くでは場所の問題もあり、高速で走れないことが多いです。新幹線も東京駅や新大阪駅の近くでは高速走行はできませんが、より多く制約を受けることになるでしょう。

ご存知のように、新幹線は在来線と切り離されて別の線路を走ります。新幹線とは単に走っている電車を指すのではなく、線路や運行システムなど様々なものを含めた「全体のシステム」を指すものです。走る電車だけ高性能にしても新幹線にはなりません。

志は高いが...

Sir David HIgginsによる先のレポートには、

HS2は(新幹線など)50年に及ぶ高速鉄道の技術革新の恩恵を受け、イギリスのサービス品質を劇的に変えるだろう。可能性は莫大である。
HS2はイギリスにおける鉄道旅行の信頼性に対する認識を根本的に変える。我々の目標は日本の新幹線並みのワールドクラスの信頼性を達成することである。年中無休で頼れる鉄道となる。

とあります。

確かに新幹線は1964年に運行開始して以来、着実に進化を遂げています。東京〜大阪の所要時間も、運行開始の4時間から、いまは2時間半足らずです。

JR東海のアニュアルレポート2017(リンク切れ)には、以下のような数字が並んでいます。

  • 1日あたり列車本数365本 (ピーク時は432本、年間13万本)
  • 1日あたり輸送人員452,000人 (イギリスとパリおよびブリュッセルを結ぶユーロスターが27,000人)
  • 1列車あたりの平均遅延時間0.4分(=24秒)

これらは一朝一夕に達成されたものではなく、過去半世紀にわたる国鉄及びJR、関係者の方々の努力の積み重ねです。

Daily Telegraphによると、2016年時点で、国内を走る年間720万本あまりの鉄道運行のうち、23万本あまりが運休となっていました。実に毎日640本、新幹線の運行1.75日分がそっくり運休しているわけです。

Sir David HIgginsが言うように2026年に開業予定のHS2がイギリスの鉄道に対する認識を(いい意味で)根本から変えるのか、「世界四大馬鹿」になってしまうのか(新幹線が開業前にそう言われていた)、そもそも2026年に開業できるのか、今後も目が離せません。

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