コンピュータに知は宿るか

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  • 更新日:2016/06/01
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Known knowns, known unknowns, and unknown unknowns

この言葉、アメリカの国防長官を務めたドナルド・ラムズフェルド氏が2002年に国防省で語った言葉として有名です。

'There are known knowns. There are things we know that we know. There are known unknowns. That is to say, there are things that we now know we don't know. But there are also unknown unknowns. There are things we do not know we don't know.'

これを訳すと、以下のような感じです。

既知の知というものがある。これは我々が知っていると知っていることだ。また、既知の未知もある。すなわち、現時点で既知でないとわかっている事柄だ。しかし、未知の未知もある。これは我々が知らないということさえ知らないことだ。

意味

この言葉、ラムズフェルド氏が使う前から知られていた言葉で、例えばリスク管理の枠組みとしてNASAで使われていたそうです。

日本語に意訳しながら意味を説明すると、次のような感じでしょうか。

Known knwons "既知の知"

これは我々が知っていると知っていることです。科学上の事実のように、周知の事実はこの範疇に入るでしょう。

Known unknowns "既知の未知"

これは我々が知らないと知っていること、ある意味わかっているリスクや科学上の未発見の事実です。

たとえば、素粒子の一部の存在は予想されてはいても、その存在の事実が証明されていません。そのような素粒子については、我々は「知らない」ということができます。宇宙がビッグバンで始まったということも、「そのこと自体」は既知の未知であるということができます。

Unknown unknowns "未知の未知"

これがやっかいで、我々が知らないことを知らないこと、つまりまだ未知の事象なのですが、我々がその存在さえも予想していないことを指しています。

例えば、予想していないリスクなどもこの範疇に入ります。宇宙はビッグバンではなく、他の誰かが提出している様々な理論でもなく、誰もまだ予想もしていないような方法で作られたのかもしれません。こういったものは、未知の未知と言えます。

SECIモデルと知と認識

この言葉はリスク管理をメインテーマとして語られた言葉ですが、人工知能にとってこれらがどういう意味を持つのでしょう。

IBMはコグニティブコンピューティング(cognitive computing)を提唱していますが、「cognition=認識」を知っているかどうかと比較すると面白い洞察が得られます。

ここでの認識とは、センサーやカメラで周りの状況を感知するといった表層的な意味よりは、それによってどのような理解をするかととらえるべきでしょう。しかし、それでも「認識」という言葉の示すところは、外部から入ってきた直接的な情報を処理した結果理解したこと、と見るのがよさそうです。

それに対し「知っている」とは、より哲学的な意味を感じます。

知っているとは野中郁次郎先生の議論では主観が必須の要素となります。たとえば暗黙知がそうです。例を挙げれば、自転車の運転の仕方があります。運転方法は言葉で客観的に説明は可能でしょうが、実際のところは「やってみないと」わかりません。この経験を客観化して形式知にする(たとえば文書化)ことにより複数人で理解できるようにし、それをさらに主観化(体験)することにより暗黙知化するのがSECIモデルとなります。

これに対し、上記の認識はコンピュータに主観を認めるかどうかによって考え方が変わる気がします。まだ自我を持たない現在のコンピュータや人工知能に「主観」を認めるのは私は抵抗があります。そうなると、認識とは客観であり、それだけで知を構成するには足りません。

ソクラテスと知

ソクラテスは「無知の知」すなわち自分が何を知らないかを知っていたことにより、他者より知恵があるとみなされたのでした。そして、その知恵のために死刑になってしまいます。

最初に書いた「known knownsその他」がわかるということは、ソクラテス同様何を知っていて何を知らないか知ることです。そこには主観が含まれており、既知であるか、未知であるかの弁別ができることが、知恵があるということなのでしょう。

しかし、それは知恵があるかどうかだけのことではなく、もともとのknown knownsの議論にあるように、リスク管理をはじめとして世の中で物事をうまく運ぶために重要な要素なのではないでしょうか。

ソクラテスはその知恵に殉じましたが、知は、死をはじめとした災いを避けるためにも使えるのです。

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